
佐幌岳から見たトムラウシ山
北海道にある日本百名山トムラウシ山は、大雪山系のなかでもっとも奥深い山。
多くの岳人の憧れであると同時に、過去に数々の気象遭難事故が起きたことでも知られています。
トムラウシ山をよく知る筆者が、トムラウシ山登山で最も利用が多い「短縮コース」について、概況や注意点、見どころなどを徹底ガイドします。
ぜひご活用ください。
Contents
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1.トムラウシ山「短縮コース」ガイド
頂を踏むにはどこからアプローチしても遥か遠いことから、「大雪山の奥座敷」とも呼ばれています。
安易に人を近づけないトムラウシ山は、大雪山系の山々のなかで圧倒的な存在感を放っています。

忠別岳からみたトムラウシ山、どの角度から見ても冠のような山容は変わらない
「トムラウシ」の語源は諸説ありますが、アイヌ語で「tonra-ush:水草が生えている、湯花が多い、もの(川)」という意味で、「温泉や水草などヌルヌルすべる川(トムラウシ川)が流れる場所」を指しているとの解釈が通説です。
春になると一斉に咲き出す可憐な高山植物を足元に、高層湿原の湖沼と岩の庭園を歩き、溶岩が造り出した巨岩のロックガーデンで氷河期の生き残り「ナキウサギ」の声に耳を澄ます。
変化に富んだコースは、登山者を飽きさせることがありません。

標高は2,141mとさほど高くなく、険しさは感じませんが、アップダウンを繰り返す登山道を、とにかく奥深くまで分け入ります。
一般的に難所と言われているのは大きな溶岩石が積み重なったガレ場ですが、アプローチの長さからくる疲労のほうがよほど厄介です。
雪渓や濃霧による道迷い、悪天候による低体温症の遭難事故が多いのも、この山の特徴。
いずれも重大なトラブルにつながることが多く、トムラウシ山登山を安全に遂行するには、長時間の登山に耐えうる体力とともに、過酷な状況に対応できる高レベルな山岳知識と技術が求められます。
また、トムラウシ山には本州のような寝食を提供する山小屋があるわけでも、きっちり整備された登山道があるわけでもありません。
気象条件は厳しく、真夏でも気温は一ケタ台に下がるほか、雪が降ることも珍しくなく、夏山シーズン中でもダウンジャケットやフリースなどの装備は必携です。
そんな北海道ならではの山事情も、計画の前にぜひ知っておいてほしいポイントです。
「短縮コース」の概況や注意点、登山に役立つ情報を紹介していきます。
基本データ
| 標高 | 2,141m |
| 標高差 | 1,186m(短縮コース登山口‐頂上) |
| 距離 | 片道約9.2km(トムラウシ温泉正規コースは12km) |
| 標準ガイドタイム | 登り5:20、下り4:10(休憩なし) 休憩を含めると、少なくとも【登り6:00、下り5:00】は想定したい |
| 難易度 | 中級 |
| 水場 | コマドリ沢出合、南沼キャンプ指定地雪渓(7月下旬くらいまで)、北沼 ※いずれも煮沸もしくは浄水器使用 |
| 山小屋 | なし |
| トイレ | 南沼キャンプ指定地に携帯トイレブース有り(例年6月下旬~9月下旬設置) 登山口駐車場にバイオトイレ有り(例年6月下旬~9月下旬使用可) |
| 登山口駐車場 | 約50台 |
| 山開き | 年間を通して登山は可能 例年6月下旬にトムラウシ温泉神社にて安全祈願祭を行っている |
| 問合せ先 | 登山に関すること:新得町観光協会0156-64-0522 林道に関すること:十勝西部森林管理署東大雪支署01564-2-2141 |
※標準ガイドタイムは「長谷川哲『北海道夏山ガイド2 特選34コース』北海道新聞社」を参考にしています
参考ガイドタイム

登り(5:20)
短縮コース登山口 ➜ 短縮コース分岐 0:20
短縮コース分岐 ➜ カムイ天上 0:40
カムイ天上 ➜ 前トム平 2:20
前トム平 ➜ 南沼キャンプ指定地 1:30
南沼キャンプ指定地 ➜ 山頂 0:30
下り(4:10)
山頂 ➜ 南沼キャンプ指定地 0:20
南沼キャンプ指定地 ➜ 前トム平 1:00
前トム平 ➜ カムイ天上 2:00
カムイ天上 ➜ 短縮コース分岐 0:30
短縮コース分岐 ➜ 短縮コース登山口 0:20
※休憩は含みません
2.トムラウシ山「短縮コース」概要
登山口には広い駐車場があり、トイレも完備されているため、前日入りして車中泊する登山者がかなりの数にのぼります。
駐車場に設置されているのは男女別のバイオトイレです。太陽光発電によって排泄物がオガクズと一緒にに自動撹拌されるようになっています。

バイオトイレ
登山口からしばらくは、針葉樹と広葉樹が入り混じる針広混交林が続きます。

登山口
20分ほど歩くと、トムラウシ温泉から延びる正規ルートとの合流地点に差し掛かります。

分岐
トムラウシ山への登山者の大多数は短縮ルートを利用しています。
旭岳や黒岳などから縦走をスタートした登山者のうち、下山後の移動手段を持たない人が、正規ルートを利用してトムラウシ温泉まで一気に下ることが多いようです。
緩急のある尾根を登っていくと、やがて木立ちの間からトムラウシ山や前トムラウシ山が見えてくると、ほどなくしてカムイ天上です。

カムイ天上
カムイ天上は、ザックを置いて、装備の点検やおにぎりを口に入れたり水分補給をしたりと、有効に活用したいスペースです。
周辺は麓のトムラウシ地区から電波が入るため、携帯電波が通じます。ほかにもトムラウシ地区の牧草畑が見渡せるような所は携帯電話が使えます。
下山時にタクシーを手配したり、家族や仲間に連絡するポイントとして覚えておくといいでしょう。
カムイ天上から少し進むと、最初のビューポイントに到達。「十勝連峰」の展望が広がります。

新得側から見た十勝岳連峰
ぬかるみが酷いことで悪名高かったカムイ天上から先には、2018年に環境省によるトムラウシ山登山道整備事業で、55基の木のゲタが設置されました。

ぬかるみに設置されたゲタ
田んぼの中を歩くようなぬかるみがかなり改善されました。ただし、依然として雨のあとはスパッツが必要です。
このあとコースを右に大きく切ってカムイサンケナイ川に向かいます。
やがて正面にトムラウシ山が見えてきます。あまりに遠くに見える頂に、くじけそうになる瞬間でもあります。

トムラウシ山
小さな沢に沿ったお花畑を見ながらしばらく進むと、登山道はジグを切って標高を下げ、カムイサンケナイ川に下っていきます。

カムイサンケナイ川
カムイサンケナイ川は普段ほとんど水流がありませんが、ひとたび激しい雨が降ると鉄砲水が流れることで知られています。
旧道はこの川の左岸・右岸の渡渉を7回繰り返すコースでしたが、鉄砲水で登山者が足止めされたり流される事故が後を絶たず、コースの付け替えが行われた経緯があります。
新道になっても川の脇を通って向こう側に渡ることに変わりありません。増水時には十分注意してください。
また、残雪があるときは、川の中央部分は雪渓が薄くなって穴が開くことがあるため、中央寄りは歩かないようにしてください。雪渓の端も薄くなっていることがあり、踏み抜くことがあるので注意しましょう。
カムイサンケナイ川とコマドリ沢の合流地点が「コマドリ沢出合」です。

コマドリ沢出合
雪渓が残っているときは、標識も雪に埋もれてしまいます。右に折れてコマドリ沢に入るはずが直進してしまい、道に迷うケースが多いので注意しましょう。
7月下旬くらいまでは頂上直下の南沼キャンプ指定地に雪渓がありますが、無くなり次第ここが最後の水場になります。

沢水は直接飲むことはできません。エキノコックス症感染を防ぐため、煮沸するか、浄水器でろ過してから飲むようにしてください。
コマドリ沢から先の登山道入口は狭く、うっかりしていると見落としてしまいそうです。岩に黄ペンキで書かれた「コマドリ沢」が目印です。

急斜面の枯れ沢脇を登り、前トム平まで290m高度を稼ぎます。森林限界を越え、視界が広がっていきます。

前トム平の手前は、最初の難関「巨岩のロックガーデン」です。ガレ場を歩きなれていない人はバランスをとるのが難しく、神経を使います。

ここはナキウサギの生息地。ときどき聞こえてくる「キチッ」という甲高い声は、ナキウサギの鳴き声です。
休み休み、耳を澄ませて目を凝らせば、その姿を見ることができるかもしれません。

見上げた先は前トム平。辛い登りが延々と続くなか、登るほどに景色が広がるのがせめてもの救いです。

前トム平まで来ると、行程は残すところ約3分1。
ここから先は吹きさらしになるため、荒天時には登頂を諦めて引き返すかどうかを判断するチェックポイントになります。

前トム平
登山道は巨石やスレート地帯へと変化します。
踏み跡が見えないので、ガスがかかって視界が利かなくなると方向を見失いそうになります。
揺れる岩に足元をすくわれそうになることがあるので、浮石に注意しましょう。

スレート石と巨石の向こうにトムラウシ山の山頂が見える
トムラウシ公園手前の通称「カメ岩」です。

日帰り登山をするときに、引き返すかどうかを判断する重要な場所がここ。時間がかかり過ぎたら、登頂は諦めて下山します。
眼下に広がるのは、トムラウシ公園の岩と大小の沼が織りなす庭園のような景色。紅葉時期の美しさは格別です。
雪渓が残っている時期(~7月中旬)は、登山道や地形が雪に覆われて目標物が無くなり、道迷いが多発するポイントでもあります。

トムラウシ公園
大きな岩を縫うようにして50mほど下り、トムラウシ公園を横切ったあとは、頂上の巨岩地帯のすそ野を巻くようにして徐々に高度を上げます。

やがて見えてくるのが南沼キャンプ指定地です。

旭岳方面と天人狭方面、十勝岳やオプタテシケ方面からの縦走路と、トムラウシ山の頂上への路が交わる交差点。

頂上までは標高差約190m、時間にして30分。力を振り絞って最後のガレ場を登ります。

待望の山頂です。

ここからの景色は頑張った人だけが見ることができるご褒美です。帰路の英気を養いつつ、大雪山の真ん中から見る光景をしばし堪能してください。
山頂から見たオプタテシケ方面です。中央上がオプタテシケ山です。

北方向です。左が旭岳、右が白雲岳です。

ゴロゴロと岩に埋め尽くされたすり鉢状の山頂火口跡。

山頂から北方向です。手前にあるのは北沼です。

さて、問題は下山です。
帰りのアプローチも長く、すでに十分疲労が蓄積した体には、登り返しや巨岩の渡り歩きなどが応えます。ガスがかかっている時は、気を抜くと登山道を外れやすいので要注意。事故やけがは下山に集中しています。特に多いのは転倒による負傷です。
適度な休憩をとり、栄養補給と水分補給をしながら、最後の最後まで集中力を切らさぬようにして下山しましょう。
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3.南沼キャンプ指定地ガイド

トムラウシ山の頂上直下にあるのが、南沼キャンプ指定地です。
大雪山系はテント設営場所が指定されていますので、緊急時以外は指定地でテント泊するのが決まりです。
南沼キャンプ指定地は自然の地形を活かしたつくりで、必要以上に人の手は加わっていません。周囲にロープが渡されただけのテントスペースと、携帯トイレブースがあるだけです。
設置できるテントは約20張。テントサイトは数張り分のスペースごとに分散しています。
サイトとサイトの間は20メートルほど離れており、端から端までは100メートルくらいあるので、初めて行った人は全体像がわかりにくいかもしれません。

南沼キャンプ指定地全体
いちばん混み合うスペースは携帯トイレブースの近くです。
テントサイトは細い小道を歩いて移動します。夜中にヘッドランプの灯りだけを頼りに携帯トイレブースへ移動するのは、遠くなればなるほど大変なのです。

分散したテントスペースを小道がつなぐ
どのスペースも、全体的に緩やかな傾斜がついています。
無数にある小石はどうしようもなく、なるべく平坦で地面に埋まった岩が無い場所を探してテント設営します。

水の通った跡は避けるようにしましょう。
夜から朝にかけて高い確率で雨が降ります。水の通り道にテントを立てると、夜中、テントの下に川が流れているかもしれません。

弱い雨が降った後の様子
地面は砂地なのでペグは刺さりますが、ペグだけでは強風時に抜けやすいので必ず石で補強します。

テントサイト周辺にはキタキツネがうろつき、登山者の食糧を狙っています。
登山靴やストックさえも、テントを離れたり寝ている隙に引きずって持ち去ります。

ビニール袋に入れて前室に置いていた登山靴
テントから離れるときはファスナーをしっかり締めて、テント本体の外には何も置かないようにしましょう。
水場

水場の順番は次の通りです。
- 南沼キャンプ指定地の残雪
- 北に15分ほど行った名もない沼
- 北沼またはコマドリ沢出合
南沼キャンプ指定地では、サイト近くの雪渓の融水を水場にします。
ただし、雪渓は例年7月下旬くらいで無くなるため、その後はキャンプ指定地と北側の北沼の中間、約15分の距離にある名もない沼まで汲みに行きます。
その沼も9月には水がほとんど無くなります。

水が枯れかけて泥水状態の名もない沼(2018年9月16日撮影)
「名もない沼」が水枯れしたら次は北沼が水場ですが、南沼キャンプ指定地から片道30分ほどかかるので覚悟が要ります。
余力がない人は、コース途中のコマドリ沢出合で汲んで担ぎあげるのが最善策だといえるでしょう。
水は「流れがあるところで上澄みをすくう」のがコツです。
北海道では、キタキツネが媒介するエキノコックス症に感染する恐れがあるため、どこの山であろうと水を直接飲むことは厳禁です。一見きれいな水でも、煮沸するか、高性能の浄水器でろ過してください。

本州からの登山者は、装備の軽量化に加え、航空機にガスの持ち込みが禁止されていることから、浄水器を持参する人が多いようです。
対して北海道の登山者は、予期せぬ寒さや過酷な気象条件に見舞われたときのことも考慮して、ガスとストーブを持参して煮沸するのが主流です。
南沼キャンプ指定地の西南西に位置している「南沼」は、多くのガイドブックに「水場」と表記されていますが、地元登山者は利用しません。なぜなら、南沼キャンプ指定地より標高が低いところにあるからです。
トムラウシ山のトイレ問題は深刻で、南沼キャンプ指定地周辺には用を足そうとした登山者がつけた通称「トイレ道」が獣道のように広がっています。そのし尿が低いほうに流れるのは想像に難くありません。
トムラウシ山をよく知る地元登山者は、標高の高い方面、すなわち北沼方面で水を汲む、というわけです。
水場の状況は天候によって刻々と変化します。1週間前に行った人の情報では大丈夫だったのに、行ってみたら枯れていた、ということも。
テント泊の時期を決めるときは、水をどこで手に入れるのか、確実に手に入るのかなども考慮してください。
水の煮沸時間など、エキノコックス症予防について知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
携帯トイレブース

2019年に新設されたトイレブース
南沼キャンプ指定地にある携帯トイレブースは、主要な山でよく見られるテント型ではなく、頑強な木製です。
中には携帯トイレ便座がありますので、持参した携帯トイレをかぶせて着席し、使用します。

市販されている携帯トイレには様々な種類がありますが、北海道の山の携帯トイレブースで使用する場合は、便座にかぶせて使用できるタイプを選んでください。
このタイプは地面に広げて使うこともできますので、ブースがない場所でも使用できます。

使用済みの携帯トイレは持ち帰ります。
短縮コース登山口のバイオトイレ前と、トムラウシ温泉「国民宿舎東大雪荘」駐車場一角に回収ボックスがありますので利用するといいでしょう。

短縮コース登山口の回収ボックス
2019年、山と渓谷社の基金で購入した資材を地元の新得山岳会が荷揚げし、トイレブースが1基新設されました。
2002年に十勝振興局が設置したトイレブースと合わせると2つになり、古いブースも天井と内側パネルが張られるなど手直しされて、大幅に使いやすくなっています。
かつて南沼キャンプ指定地は「日本一汚い野営場」の汚名を与えられるほどで、周囲にはティッシュが散乱し、ひどい臭気を放っていたものです。
トイレブースが設置され、環境省や地元山岳関係者、山のトイレを考える会など、多くの人たちが携帯トイレの普及や啓発活動を行った結果、驚くほど改善されました。
とはいえ、相変わらず岩陰にはティッシュの花が咲き、身を隠すのにちょうどいい岩に向かって、多数の「トイレ道」が伸びています。

登山道と間違うほどはっきりしたトイレ道
このトイレ道のために、お花畑が踏みつけられて植生が消失し、登山道と勘違いして道迷いする登山者が続出しています。
厳しい自然環境下では、糞尿や「水に溶けるティッシュ」は分解されません。心ある人たちが拾い集めて担ぎ下ろしていることに、想いを馳せてほしいものです。

携帯トイレについて詳しく知りたい方は、こちらをご覧ください。
≫参考:北海道の山のトイレ事情
南沼にテント泊したら行ってみたい周辺の山「化雲岳」
南沼キャンプ指定地にテント泊したら、ぜひとも足を延ばしてみたいのがここ。
「カムイミンタラ:神々が遊ぶ庭」と呼ばれる大雪山の、岩と水と高山植物がつくりだす魅力がギュッと凝縮したルートです。

南沼キャンプ指定地からのガイドタイム
往路(2:25)
南沼キャンプ指定地 ➜ 北沼 0:30
北沼 ➜ 天沼 1:00
天沼 ➜ ヒサゴのコル 0:25
ヒサゴのコル ➜ 化雲岳 0:30
復路(2:30)
化雲岳 ➜ ヒサゴのコル 0:20
ヒサゴのコル ➜ 天沼 0:30
天沼 ➜ 北沼 1:10
北沼 ➜ 南沼キャンプ指定地 0:30
※休憩は含みません
北沼からの稜線です。中央に出べそのようにピョコンと飛び出たところが「大雪山のヘソ」化雲岳。
化雲岳までは、360度どこを切り取っても絵になる風景の連続です。

北沼と日本庭園の間にあるロックガーデンは、人が小さく見えるほどの巨石が転がる急斜面。その光景は圧巻です。

日本庭園には池塘を中心に木道が設置され、歩きながら景勝が楽しめる回遊式庭園のようです。岩を覆いつくす高山植物が見事です。

ヒサゴのコルから見下ろすヒサゴ沼。その名の通り、ひょうたんの形をしています。

このあたりの登山道脇では、土壌が凍結と融解を繰り返すことで亀の甲羅のような模様が入った「構造土」が見られます。


構造土
一般的には縦走の途中に踏むコースです。めったに行くことはできません。
大雪山の手つかずの自然を存分に堪能できるこのコース、南沼でテント泊するチャンスがあれば、1日延泊して稜線上の散策をしてはいかがでしょうか。
ベストシーズン
トムラウシ山登山のベストシーズンを挙げるなら、日が長く高山植物が一斉に咲き始める【7月中旬~7月下旬】と紅葉が楽しめる【9月中旬】がおすすめです。
7月中旬~7月下旬

7月中旬から7月下旬は日が長く、余裕を持った山行が可能です。脚に自信がない人はこの時期を狙いましょう。
7月の日の出は4時前後、日の入りは19時前後。明るくなると同時に出発したら、約15時間の活動時間が与えられる計算です。
過去の遭難事故にはツアー登山によるものが多く、タイトなスケジュールを優先させて無理をしたことが要因として指摘されています。日が長いと、アクシデントに対する時間的余裕も生まれます。
7月中旬から高山植物が一斉に咲き始め、7月下旬にかけて見頃を迎えることや、南沼キャンプ指定地に残雪が残り、水場に困らないのもこの時期をベストにあげる理由です。
ちなみに、昼の長さでいくと「夏至」が一年で最も長いのですが、6月のトムラウシはまだ冬山です。
9月中旬

トムラウシ公園
例年9月15日前後が紅葉のピークです。
トムラウシの紅葉は、ウラジロナナカマドやウラシマツヅジの赤と、イワイチョウなどの黄、ハイマツの緑が入り混じり、当たり年ともなれば絵具のパレットのような極彩色に彩られます。
ただし、日が短いので、おすすめできるのは脚に自信のある人に限ります。
この時期は、日の出が5時前後、日の入りが17時30分前後と短くなり、明るくなると同時に登山口を出発しても活動時間は約12時間半。
一般的な登山者は、少なくとも【登り6時間、下り5時間】は見ておきたいので、休憩もほどほど、のんびりと景色を眺めている時間もありません。
ひとたびトラブルがあればすぐに日没を迎えてしまいます。万全な装備と体力的なゆとりが必要です。
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日帰り登山の引き返しポイント

トムラウシ公園まで5時間以上かかったら、登頂は諦めて引き返す
これは、ツアー登山などで体力も経験もバラバラの登山者を引率するときの目安で、地元山岳関係者の暗黙の了解です。
登山計画を立てるときは緊急時のエスケープルートを選定しますが、トムラウシ山には適当なエスケープルートがないため、何かあれば短縮ルートを引き返すのが最善です。
制限時間を設けるのはマラソンと同じで、5時間以内にトムラウシ公園を通過しなければ、明るいうちに安全に下山できないと判断できるからです。
目印はトムラウシ公園手前のピークにある通称「カメ岩」。
目前にトムラウシ山の頂、風光明媚なトムラウシ公園を眼下に一望できるコースのハイライト部分です。
この景色を望めば、山頂を踏むことができなくても大かた納得がいく、というのも引き返しポイントにする大きな理由です。
ちなみに、トムラウシ公園まで5時間とすると、山頂まで休憩なしで1時間50分ですから、トータル6時間50分かかる計算になります。
一般的に頂上まで「余裕をみて6時間」を基準とするところを7時間近くかけて登った人は、「やっとのことで登ってきた」感じが否めません。登りでその日の体力をほぼ使い切っているでしょう。
下山途中で疲労困憊して歩けなくなったり、転倒事故を起こしたり、集中力が切れて道迷いする可能性が格段に高くなります。
脅かすわけではありませんが、疲れ果てて道端に座り込んでいる人、仲間に抱えられながら下りてくる人など、道警の遭難救助件数にカウントされない「遭難寸前」の登山者が毎年たくさんいます。
「あとちょっと」が事故のもと。安全を最優先し欲張らない登山をしたいものです。
携帯電話の電波状況
ドコモの電波受信状態です。

電波の状況は年々良くなってきています。
麓のトムラウシ集落(牧草畑が目印)が見渡せる場所は問題なく電話がつながりますし、南沼キャンプ指定地でも携帯が使えるようになりました。最近では短縮登山口にNTTドコモのアンテナが設置されました。
2022年8月の段階では、つながらなかったのは【コマドリ沢出合】でした。
緊急時の連絡手段が確保できるのは心強いことですし、天候を調べたり情報収集できるのも便利です。
ただし、全般的に電波が不安定で弱い傾向にあります。南沼キャンプ指定地で天気予報サービス「Windy」をチェックしたところ、見ることができませんでした。データが大きいものは要注意です。
遭難事故多発地帯
トムラウシ山で多く発生している遭難事故事例を紹介します。
低体温症

【前トム平、南沼キャンプ指定地、頂上、北沼】は、過去に多くの低体温症による遭難事故が発生したポイントで、「吹きさらし」エリアです。
2009年7月16日、旭岳から縦走を始めた登山ツアー一行18名が、暴風雨のなかを歩き続けて低体温症を発症。ガイド1名を含む8名が死亡した気象遭難事故は、記憶している方も多いでしょう。
この日は、単独登山者1名も南沼キャンプ指定地で低体温症により死亡しています。
亡くなった9名が発見されたのは、前トム平から北沼にかけてのエリアです。

風をさえぎるものが全くないエリア(撮影:南沼キャンプ指定地ー北沼間)
事故当日の気温は6℃前後、夕方には3.8℃を近くの五色観測サイトで記録。風速は平均で15~18m/s、最大風速はしばしば20m/sを越えていました。
悪天候には違いありませんが、このような気象条件はトムラウシ山ではよくあること。
トムラウシ山「短縮ルート」の行程3分の1は森林限界を越えた「吹きさらし」ですから、常に低体温症のリスクがあるといえます。
本州からの登山者は、おしなべて防寒対策が不十分です。低体温症に関する知識を得て、雨具と防寒着を忘れず持参してください。
道迷い

コマドリ沢の雪渓にまかれた紅石灰矢印
トムラウシ山の道迷い遭難トップ3は【カムイサンケナイ川、コマドリ沢、トムラウシ公園】で、雪渓が残る時期に集中しています。
カムイサンケナイ川は、例年6月下旬まで雪渓で埋まります。
登山道が覆い隠されるため、登りではコマドリ沢出合を通り過ぎて直進したり、下りでは尾根の取りつきを通り過ぎて沢を下ってしまうなどのケースが頻繁におきていました。
コマドリ沢も、ほぼ7月上旬まで雪渓が残ります。
こちらは下山時にコマドリ沢出合を通り過ぎ、そのまま直進して別尾根まで行くなどして道に迷うケースが多数起きています。
そのため、例年6月上旬には、地元自治体や山岳団体などが雪渓上に紅石灰をまいて注意をうながしています。
トムラウシ公園にも、例年7月下旬くらいまで雪渓が残ります。
雪渓によって、登山道はもちろん、周囲の地形も覆い隠され、高低差が無くなって雰囲気がガラリと変わります。
登り、下りともに方角を見失うことが多くなるので注意してください。
また、前トム平から頂上にかけてはガレ場が多く、登山道が不明瞭で、濃霧になると道迷いしやすくなります。
石についた踏み跡は濡れると見えなくなるので、当てになりません。
日ごろから地図とコンパスによる読図のトレーニングを怠らず、現地でも現在地と進行方向の確認を行いましょう。
疲労や転倒
道警の山岳遭難事故統計でトムラウシ山の事故を調べると、「疲労により行動不能」「転倒による負傷」などの記述がよく目に留まります。
そのほとんどが、旭岳から縦走してきて、トムラウシ山の登山口へ下山する途中の事故です。
2009年の大量遭難事故もそうでしたが、旭岳からトムラウシ山への縦走する登山者の多くは2泊3日で行程を組んでいます。
1泊目は旭岳から白雲岳避難小屋まで7時間20分、2日目はヒサゴ沼避難小屋まで7時間40分、3日目はトムラウシ温泉まで7時間25分。
当然ですが、縦走装備を背負って長距離を歩きます。
避難小屋を宿泊場所として当てにしているため、避難小屋のないヒサゴ沼~トムラウシ山は一気に下ります。
ハードなスケジュールの最終日、疲労が蓄積して集中力も切れかかっている下山時に、事故やケガが集中しているのです。
繰り返しますが、日帰り山行は時間がかかり過ぎたら「疲れを感じる前に」途中で引き返しましょう。
引き返しポイントはトムラウシ公園の手前のカメ岩で、目安は出発から5時間を越えているかどうかです。
縦走となるとそう簡単に引き返すわけにはいきません。
旭岳からトムラウシまで2泊3日の縦走を楽しむことができるのは一部の猛者だけで、残りの人にとっては苦行でしかありません。
一般的な登山者は余裕をもって3泊4日の行程を組み、テントを持参したうえで3泊目は南沼キャンプ指定地に宿泊することをおすすめします。
知っておきたい低体温症の症状と予防策
低体温症とは、通常37度程度に保たれている身体の深部体温が、35度以下になった状態を言います。
トムラウシ大量遭難事故の死亡者は、半数以上が発症から2~4時間以内で亡くなっており、加速度的に進行、悪化したことがわかりました。
低体温症の症状をまとめた表がこちら。
| 36℃ | 寒さを感じる。寒気がする。➜低体温症の二歩手前 |
| 35℃ | 手の細かい動きができない。皮膚感覚がマヒしたようになる。歩行が遅れがちになる。震えが始まってくる。➜低体温症の一歩手前 |
| 35℃~34℃ | 歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じる。震えが激しくなる。口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断力が鈍る。 |
| 山では、これ以前に回復措置を取らなければ死に至ることがある | |
| 34℃~32℃ | 手が使えない。転倒するようになる。まっすぐに歩けない。感情がなくなる。しどろもどろな会話。意識が薄れる。歩けない。心室細動を起こす。 |
| 32℃~30℃ | 起立不能。思考ができない。錯乱状態になる。震えが止まる。筋肉が硬直する。不整脈が現れる。意識を失う。 |
| 30℃~28℃ | 半こん睡状態。瞳孔が大きくなる。脈が弱い。呼吸数が半減。筋肉の硬直が著しくなる。 |
| 28℃~26℃ | こん睡状態。心臓が停止することが多い。 |
「寒気する」「震えが始まってくる」は低体温症初期の特徴的な症状で、一刻も早く対策を講じる必要があります。
生と死の分け目は、判断力が鈍る34℃。
ここまで進行すると、自分が低体温症になっていることすら分からなくなり、防寒着を着たり、岩陰に身を隠して寒さをしのぐなどの防御反応がとれなくなります。
山で低体温症を引き起こす主な要因には、雨や自分の汗による「濡れ」、「風」、「寒さ」の3つがあります。
寒さを感じるまえに、以下のような対策を講じて身を守りましょう。
- 重ね着(レイヤリング)でこまめに体温調整する
- 汗を吸収発散して体を冷やさない「速乾素材」の衣類を着る
- 自分の体温が逃げないように防寒着を着る
- エネルギーを補給して熱を作り続ける
- 体温を奪うもの(濡れ、蒸れ、風)から避難する
低体温症についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
≫参考:低体温症を防ぐ知識と対策、夏山登山に潜む危険
気温と服装
北緯43°にあるトムラウシ山(2,141m)の気象条件は、本州の3,000m級の山に匹敵します。
6月と9月はマイナス気温になることがあり、夏山と言えるのは7月~8月のわずかな期間だけです。
気温
トムラウシ山の山頂付近の平均気温(推定値)を見てみましょう。
| 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | |
| 最高気温 | 8.6℃ | 12.1℃ | 11.4℃ | 7.2℃ |
| 平均気温 | 4.6℃ | 8.9℃ | 9.1℃ | 3.8℃ |
| 最低気温 | -1.5℃ | 4.5℃ | 5.3℃ | -0.1℃ |
参考:ヤマレコ
いつマイナスになってもおかしくない低温です。
2018年8月17日には黒岳で初冠雪を観測したとの報道がありましたが、大雪山系ではこの時期に雪がちらつくことは珍しくありません。
前トム平から先は森林限界を越えて吹きさらしになるので、強風に吹かれたら体感温度はいとも簡単にマイナスになるでしょう。
トムラウシ山の天気を調べるときは、新得町・上富良野町・美瑛町などの天気予報も含め、広域で情報収集して判断する必要があります。
というのも、山頂は新得町市街から直線距離で約50km、上富良野町と美瑛町から約30km離れており、どこからも遠くてドンピシャ当てはまらないのです。
また、無料で手に入る天気予報は、ほぼ麓の天気予報であることに留意してください。
ヤマケイオンラインの「山の天気」は、日本気象協会が提供した主要50山の山頂の天気予報を会員向けに配信しています。(会員登録は無料)
北海道は旭岳のみですが、トムラウシ山の天候を判断するときの好材料になります。
服装

風の吹きさらしエリア(撮影:6月下旬)
雨具と防寒具は必携です。
誤解されることが多いのですが、雨具だけでは防寒になりません。
雨具の下に薄いシャツ1枚だと、肌に張り付いて外の寒さが体に伝わり、かえって体の熱が奪われるのです。
寒さを防ぐためには、雨具で風雨を避けた上で、中に断熱効果が高い防寒着を着用します。
防寒着は空気をたっぷり含むことができるものがよく、厚手のフリースや化繊などのミッドインナーが適当です。寒さに弱い人は、ジャケットに加えてズボンもあったほうがいいでしょう。
頭・首元・手の末端の防寒対策もバカにできません。とくに頭部からの熱の放出は、体全体の6割に及ぶとも言われています。夏用の帽子と手袋を基本装備とし、冬用の帽子と手袋も予備として持ち歩くといいでしょう。
なお、いくら雨具で雨を避けても、自分の汗や蒸れで濡れては元も子もありません。衣類はなるべく濡れてもすぐに乾く「速乾素材」で揃えます。特に下着や中間着に関しては、素材の良し悪しが生死を左右するほど重要です。
綿100%や綿と化繊混紡の下着は、濡れると乾かず、体温を急速に奪うので絶対に避けましょう。
ここまで、トムラウシ山「短縮コース」を詳しく紹介しました。トムラウシ山は北海道の山の厳しさと素晴らしさが凝縮された山です。どうか万全の支度をしてお出かけください。
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参考:「トムラウシ山遭難はなぜ起きたのか」羽根田治、飯田肇、金田正樹、山本正嘉 山と渓谷社
「トムラウシ山遭難事故調査報告書」トムラウシ山遭難事故調査特別委員会
「登山の運動生理学とトレーニング学」山本正嘉 東京新聞
「登山外来へようこそ」大城和恵、角川新書
「北海道夏山ガイド2 特選34コース」長谷川哲 北海道新聞社