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低体温症を防ぐ知識と対策、夏山登山に潜む危険

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大雪山 忠別岳疲労凍死という言葉をご存じでしょうか?

古くから使われてきた言葉ですが、「凍死」というセンセーショナルな言葉を含むため、冬に起こるものだというイメージを抱かせてしまっています。

実際には、疲労凍死とされた遭難事故のほとんどが低体温症が直接原因だったといわれ、時期としては春~秋に起こるほうがはるかに多いのです。

2009年7月、北海道の大雪山系で1日に10名もの登山者が低体温症で亡くなったのは、まだ記憶に新しいでしょう。

夏山では天候などを過小評価してしまいがちです。登山の低体温症はどんな季節でも起こり得るという心構えが必要です。

 

1.低体温症とは

普通の人では37℃程度に保たれている体温が35℃以下になった状態を「低体温症」といいます。

ここでいう体温とは、体温計で熱を測るときの腋の下や口の中の温度ではありません。体の深部または脳に近いところで測ったものをいい、肛門部から測定する直腸温が一般的です。

深部体温が下がると寒さを感じ、身体の中心部に血液が流れるようにしたり、熱生産量を増やす、ふるえによって熱を生産するなどの防御反応を起こします。

持ち直すことができないとどんどん体熱が奪われていきます。重い症状になると脳の働きが鈍って防御反応もうまくできなくなり、持っている衣類を着たり、食べ物を口にするといった行動もとれず、最悪は死に至ります。

 

2.34℃は命の分かれ目

山では体温計を持ち歩きませんから、症状を見て判断するしかありません。重要なポイントは34℃の症状です。

36℃ 寒さを感じる。寒気がする。➜低体温症の二歩手前
35℃ 手の細かい動きができない。皮膚感覚がマヒしたようになる。歩行が遅れがちになる。震えが始まってくる。➜低体温症の一歩手前
35℃~34℃ 歩行は遅く、よろめくようになる。筋力の低下を感じる。震えが激しくなる。口ごもるような会話になり、時に意味不明の言葉を発する。無関心な表情をする。眠そうにする。軽度の錯乱状態になることがある。判断力が鈍る。

山では、これ以前に回復措置を取らなければ死に至ることがある

34℃~32℃ 手が使えない。転倒するようになる。まっすぐに歩けない。感情がなくなる。しどろもどろな会話。意識が薄れる。歩けない。心室細動を起こす。
32℃~30℃ 起立不能。思考ができない。錯乱状態になる。震えが止まる。筋肉が硬直する。不整脈が現れる。意識を失う。
30℃~28℃ 半こん睡状態。瞳孔が大きくなる。脈が弱い。呼吸数が半減。筋肉の硬直が著しくなる。
28℃~26℃ こん睡状態。心臓が停止することが多い。

34℃近くの段階で震えが激しくなったころには、判断力が低下し、自分が低体温症になっているのか分からなくなります。


こうなると自分の意思で低体温状態を防御できなくなりますから、致命的ともいえます。

山ではこれ以前に回復措置を取らなければいけません。

2009年のトムラウシ山遭難では、低体温症で亡くなった方の何人かはダウンやフリースがザックの中にそのまま残っていたそうです。

防寒対策をする間もなく、急激に低体温症が進んでいった状況が垣間見えるようです。

 

3.山で避けたい体温を奪う現象

雌阿寒岳 大沢

低体温症を起こさないようにするには、体温を奪う現象(対流、伝導、蒸発、放射)を避けること。

キーワードは「風」「雨」「寒さ」の3つです。

①対流

風によって体温が下がる現象を対流といいます。

同じ気温であれば、風が強ければ強いほど体温の喪失は大きくなります。そこに寒さや雨などによる濡れが加わると、より一層低体温症のリスクが上昇します。

山での防風対策は、生死を分ける最も重要なポイントだといえます。

②伝導

冷たい金属や氷の上に座ると、体温との温度差で熱が奪われる現象を熱伝導といいます。

寒さを感じて雨具などのアウターを着たとしても、中の衣類が薄手であれば冷気が直接肌に触れているも同然。外気との温度差で体の熱が奪われます。

水は空気の25倍ほど熱伝導率が高くなりますから、雨や汗で衣類が濡れているときは、急激に体温が失われるので注意が必要です。

③蒸発

水が水蒸気になるときに、気化熱として熱を奪う現象が蒸発です。

雨で濡れたり、自分の汗や衣類の中の蒸れなどで生じた水分が蒸発するとき、体の熱も奪っていきます。

山では雨具の中に雨が侵入して濡れ、風が吹き付けるといったより過酷な状況も考えられます。

そこに寒さが加われば、一気に体の熱が奪われて最悪の状態になると覚えておきましょう。

④放射

身体が直接的に熱を放射していることをいいます。

低体温症にならないためには、風や雨、寒さを防ぐのと同時に、自分の熱を逃がさないよう対策をとります。それには暖かい防寒着などを着ること。

低体温症が疑われたら、外から伝わる寒さを防ぐと同時に、持っている衣類を重ね着したりレスキューシートに包まったりして体温の損失を防ぎます。

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4.低体温症にならないための4つの対策

①食べる

山では「食べた者が最後まで生き残る」といわれます。風や雨、寒さと同様、エネルギー補給も低体温症にならないための重要ポイントです。

登山 体を温める

外気温が下がると、人は皮膚の血管を収縮させて体の熱を逃がさないようにします。それでも寒いと、自分で熱を作って体温を保とうとします。

熱を作る場所は筋肉。燃料として、糖質(炭水化物)、脂肪、タンパク質が必要になります。

カギとなるのは糖質で、すぐに効果が欲しいときは飴やチョコレートなど即効性のある糖質を摂るといいでしょう。

ご飯やモチ、パンやうどんなどの炭水化物に含まれる糖質は、効き目は遅いものの長時間持つエネルギーになりますから、適時適量を食べる必要があります。

低体温になった場合、回復させる熱を作るエネルギー(食料の補給)が十分でなければ、熱を作ることができず低体温症は進行してしまいます。

行動中は取り出しやすいザックの天蓋や衣類のポケットに食料を入れ、こまめに補給してください。

悪天候のときはより多くのエネルギーを消費しますから、いつも以上に意識して摂るようにしましょう。

②隔離

体温を奪うものから避難するのが「隔離」です。

山では風ほど恐ろしいものはありません。風は予測するのが困難な場合が多く、雨や寒さが加わったら一気に体熱が奪われてしまいます。

ひどい強風であれば、風を受けて登るという体力消耗の別要因も発生してきます。そんな時は逃げるが勝ち。ベテランになるほど迷わず下山します。

むやみに動かないほうがいい場合もありますから、体力の消耗具合や避難場所への距離、コースの状況など、置かれた状況を総合的に判断してください。

その場に留まる場合は、雨や風など体温を奪うものから避難します。避難小屋があれば逃げこみ、ハイマツ帯に潜り込んで風雨をしのいだり、岩陰に身をひそめるといいでしょう。

登山 ツェルト

いざという時にツェルトを持っておきましょう

ツエルトなど非常用装備を持っていればそれに越したことはありませんが、思わぬ事態に遭遇したときは、知恵を絞ってその場にあるものを最大限活用することを考えてください。

③保温

いったん冷えてしまった身体はなかなか元に戻りません。山では「寒さを感じる前に」防寒対策するのがセオリーです。

体を冷やさない

休憩では何よりも先に防寒対策をし、体を冷やさないようにします。

基本的に、寒さを感じていなくても上着をはおります。行動し始めたら脱ぐとわかっていても、たった5~10分の休憩でも、面倒くさがらずにはおりましょう。

真夏でも、汗をかいて衣類が濡れているところに風が当たれば、あっという間に体温が奪われて体が冷えていきます。

見晴らしのいい場所はたいてい風が強いもの。馬の背や稜線は風の通り道になりますからより顕著です。

あらかじめ予想がつくなら、森林限界を抜ける手前など風の影響のない場所で小休止し、雨具などを着用します。歩いている途中でも、風が強くなったら立ち止まって一刻も早く対策を高じましょう。

防寒着を持ち歩く

雨具は、風を防いだり雨に濡れないようにすることはできても、防寒具になりません。

冒頭でもお伝えしましたが、雨具の中に着ているものが薄手の衣類であれば、皮膚と外気の間に断熱材となる空気の層が形成されません。

ピットリ体にまとわりついた雨具は、熱伝導によって外気の冷たさを体に伝え、体からは熱を奪ってしまうので要注意です。

寒さ対策には、雨具の中にフリースやダウンのミッドインナーのような空気の層を作ってくれる防寒着を着る必要があります。

コンパクトに収納できて軽量なダウン素材がおすすめです。真夏でもザックの中に1枚入れておくようにしてください。

体の熱損失の半分は頭からといわれています。あまり重要視されていませんが、帽子を被ることは防寒対策でとても重要なのです。

④加温

予防にもなり、低体温症になったときにも有効な対処法です。

胸を温めるのが最も効果的です。ペットボトルなどに熱湯を入れ、やけどをしないように服の上などから胸にあてます。

できるだけ表面積が大きいほうが効果が高いため、プラスチック製の折りたたみ式水筒がおすすめです。

温かい飲み物を飲んで、外から暖かいものを取りこんでもいいでしょう。ただし、これらが効果があるのは軽症の場合に限ります。

中等症になると、ちょっとした刺激でも不整脈が出ることがありますから、急激な加温は避けましょう。

また、程度に限らず、手足を温めたりさすったりするのは厳禁です。

 

5.低体温症になりやすい人

一般的に、お年寄りや子ども、疲労やケガをしている人、水分や栄養摂取が不十分な人、アルコールを飲んでいる人、糖尿病や心臓病の人が低体温症になりやすいといわれています。

総務省による平成23年の調査では、登山・ハイキングに行ったことがある人の36.5%が60代以上でした。

この年代になると、加齢にともなって筋肉量が減少し、震えを起こして体熱を産出する力が弱まります。熱を奪われないようにするための血管の収縮能力も低下。寒さへの感覚も鈍くなります。

若い人も無縁ではありません。

強風の中で歩くと体力を消耗し、エネルギー不足になることも低体温症の要因になります。

炭水化物を中心とするエネルギー源も常に補給していないと枯渇しますから、シャリバテによる疲労はどんな年代にも起こり得ること。

思いもよらない過酷な状況は、人を選ばずに訪れます。他人事ととらえず、自分の身に置き換えて山で実践できるようにしておきましょう。

参考
「トムラウシ遭難はなぜ起きたのか」著者:羽根田治、飯田肇、金田正樹、山本正憲、山と渓谷社
「登山の運動生理学とトレーニング学」山本正嘉 東京新聞
「登山外来へようこそ」大城和恵 角川新書

 

◆山の食事について詳しくはこちらをご覧ください。

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