ガツガツと頂上を目指すだけが登山ではありません。
ぜひとも山に登る楽しみに加えていただきたい「倒木更新」のお話です。
倒木更新とは?
寿命や強風などによって倒れた古木を礎として、新たな世代の木が育つこと。
北海道では、トドマツ、エゾマツなどの針葉樹の天然林に見られる現象です。
親木から飛んで地面に落ちた種の多くは、うまく生育できません。
発芽したとしても、すでに周囲に多くの樹木が生育している森林では、笹などの草があって十分な太陽光を浴びることができず、雨で跳ね返った泥に含まれる土壌菌などに負けてしまいます。
生育できるのは、運よく倒木の上に落ちた種。
エゾマツやトドマツは、特に幼木のころ、土壌中のある菌と共生しなくてはなりません。
倒木の上は、草などによる日照不足を緩和できる上に、雑菌も少なくて共生する菌が繁殖できるため、うまく成長することができます。
さらに、朽ち果てた倒木自体が養分を供給してくれて、表面に生えたコケがスポンジ状になって、湿度を適度に保ってくれるというわけです。
生まれ変わりのサイクルは300年
エゾマツを例にしてみましょう。
まずは、倒木にコケが生えるのに10~20年。
そこではじめて種が芽生える条件が整います。
松ぼっくり1個から平均150~200個の種が落ち、芽生えます。
10センチくらいになるまで2年~3年かかり
20~30センチに育つのに、さらに25年~30年。
強いものだけが生き残ることを繰り返し、1~2メートル間隔で親木として成長するのに、250年から300年。
途方もない歳月をかけ、世代交代が行われます。
1本の古木の上に、10歳未満の苗木は3000~4000本育つと言います。
うち、300年後まで寿命をまっとうできるのは10本ほどなんだとか。
森の巨木は、300年かけて400分の1の競争を勝ち抜いた選ばれし木なんですね。
一直線
注意深く観察していると、まるで誰かが植林したかのように、一直線で、ほぼ等間隔に巨木が立ち並ぶ光景を見ることができます。
直線は、かつて倒木が横たわっていたライン。
一本の倒木に芽生えた数千本の若木が、長い年月をかけて競合することで淘汰され、数本の成木になるころには、ほぼ等間隔になっていったと考えられています。
根上り
倒木更新で大きくなった木は、根が地上に出ている「根上り」状態になっているのが特色。
やがて、土台の倒木は朽ち果ててなくなります。
空洞になっているところが、倒木のあった証です。
地面から浮いている倒木は、最初こそ次の世代が育つことができますが、長期的には難しくなります。
というのも、せっかく育っても、倒木が地面から浮いているため、大地に根を下ろすことができないから。
倒木が朽ち果てたとき、幼木の命も尽きることになるのです。
登山愛好家にはあまり知られていない倒木更新。
息が上がって辛い登りでも、高山植物以外に慰めてくれる存在として、ぜひ知っておいてもらいたいですね。
すぐそばで悠久の時間が粛々と流れているなんて非日常は、なかなか味わえませんよ。
参考:「生けるもののふるさと森林」有澤浩 新思索社