北海道の風土病ともいわれているキツネが媒介する「エキノコックス」は、日常生活レベルで警戒が必要な感染症になっています。
もともとあったわけではなく、大正時代に野ネズミ駆除のために千島より人為的に持ち込まれたキツネや、流氷に乗ってやってきたキツネが持ち込んだといわれています。
これだけ人や物の往来が盛んになると、何にせよ一つ場所にとどまることは難しいもの。近頃は本州にも感染が拡大しているようです。
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エキノコックスから子どもを守る
あるとき近所の公園で工事が始まりました。完成したのは砂場をぐるっと囲む高さ1m程度のフェンスです。

砂場は猫が入らないように、衛生上の問題からネットをかけているのは珍しくない光景です。でもフェンスは見たことがない。猫なら簡単に飛び越えられそうな高さだし・・・と不思議に思っていたところ、キツネ対策だと判明しました。
幼稚園では、敷地内にキツネの糞が残されていることがたまにあります。縄張りを示すマーキングのようです。見つけると先生がスクランブル発進。スコップで土ごと糞をすくいとり、ビニール袋に入れて廃棄します。
そのあとは、念を押すように糞があった場所にヤカンで沸かした熱湯をたっぷりとかけます。エキノコックスの卵は熱に弱く、100℃では1分以内に死滅します。熱湯をかけてダメ押しするわけです。
北海道の十勝地方では、小学校3年生からエキノコックス症の血液検診受診が推奨され、中には子どもに定期的に無料検査を実施している自治体もあるくらい。
大人だからいいというわけではありませんが、子どもは何としても守りたいもの。山だろうが公園だろうが、たとえ自分の家の敷地内だろうが、油断できません。
山菜の楽しみが奪われる
関東にいる親せきが雪解けの北海道を訪れたとき、あちこちで顔を出すフキノトウを見て「なんで誰もとらないの?」と。そうですね、本州ならあり得ないでしょう。北海道にはフキノトウなんてどこにでもあるし、何よりエキノコックスが怖いから不人気です。
北海道に住む親せきは、近所の人から毎年手作りのフキノトウ味噌をもらうけれど、食べずに捨ててしまうといいます。調理の過程で熱を加えるからエキノコックスの卵が混入していても死滅していると説明しても、「気持ち悪い」と譲りません。
山菜では、同じくクレソンも憂き目に遭っています。クレソンは外来種なんですが、野生化して普通に水辺に生えていているんですよね。食欲増進や貧血への効果に加え、強い抗酸化作用で生活習慣病なども防ぐというスーパー野菜。
その栄養素を余さず取り入れるには、生で食べるのが一番です。しかし、ここでもやっぱりエキノコックスが頭をよぎります。しっかり流水で洗えば問題ないといわれても、万が一を考えるとあえてリスクを冒す気にはなりません。
我が家では、シャキシャキの生のクレソンはスーパーで売っているハウス栽培されたものに限定です。香りも苦みもおとなしくて、自然に生えているクレソンに比べればパンチがありません。でも何より安心ですから。
ついてまわる不安
「今ここで熱中症で死ぬのと、10年後エキノコックスで死ぬの、どっちがいい?」山岳会の大先輩からの一言に、迷わず沢の水を飲んだのは20年くらい前の話です。
快晴無風のある日、予想外に汗をかいて持参した水が足りなくなりました。「暑い・・・でも沢の水は飲んではいけない」と決断をためらっていたとき、すでにわたしはバテ気味で、脱水による軽度の熱中症になっていたと思います。
まさに究極の選択でした。
以来、エキノコックスに感染しているかどうかを調べる血液検査を受けています。5年ごとの検査がいいといわれているので、そろそろ受けないと。
北海道で登山をする以上、エキノコックスの不安からは逃れられません。登山道にはいたるところにキツネの糞があります。フレッシュな糞を直に踏まなくても、土に紛れているものだってあるでしょう。なんせ直径0.03㎜で見えませんから。
下山したら、登山靴はビニール袋に入れて車の中に持ち込みます。帰宅しても、屋外で水洗いするまで玄関には入れません。
知人のなかには、全く気にせず、残雪に練乳をかけた特製かき氷を食べる人もいます。絶対に感染しないと根拠のない自信を持っているか、太く短く生きたいのかもしれません。
わたしも70歳くらいになれば、どうでもいいかなぁと思います。でもまだ子どもが小さいですから。リスクは徹底的に排除するようにしています。
駆除剤
実は、キツネの虫下しができるエサがあるんです。
魚のすり身にプラジカンテルという虫下しの薬を混ぜたエサ(ベイト)です。それをキツネに食べさせることで、エキノコックスが体内から排出されるのだそうです。
北海道の倶知安町やニセコ町では、自治体と住民が協力してエキノコックス根絶を目指して、継続的にベイトを散布しています。地域内のキツネの感染率が劇的に低下してるんだとか。他にも道南の黒松内町やオホーツクの小清水町でも効果が出ているそうです。
そんなに素晴らしいものがあるのになぜ使わない? どうして北海道全域でやらないんだ?
ニセコ町のホームページみたら何となくわかりました。
ベイトを撒くときは、町内くまなく廻るようにコースを設定し、道路沿いに約100m間隔に1つ散布。頻度は月に1回のペースで5月から11月まで計7回程度。量は1回約1300個。
気が遠くなります。これを北海道全域でやるとなると、数十年がかりの壮大な計画になるでしょう。しかも、国や道の補助はないそうで、それもあって全道に広がらないのだとか。根絶の道は目の前にあるようでいて、遥か遠いのでした。