運動中に水を飲んではいけないとされていた時代もありましたが、今では熱中症に対する知識が普及して、水分補給の重要性はよく知られるようになりました。
それでも登山中はより意識して水分をとらないと水分補給が追い付かず、知らず知らず「かくれ脱水」になっていることがあります。
登山中に脱水を起こすと、運動機能が十分に発揮できなくなるだけでなく、疲労を促進します。
体温が上がって熱中症を引き起こしやすくなり、血液がドロドロになって脳梗塞や心筋梗塞なども起こしやすくなります。
のどが渇いてからでは遅いといわれる脱水です。「なってしまったときの対策」より「ならないための予防」をメインにご紹介します。
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のどが渇きを感じたらもう脱水症
登山では、エネルギー代謝が通常より高まるため、膨大な熱が生み出されます。
体温を下げるためにもっとも効果的な方法は汗をかくこと。蒸発するときの気化熱を利用して熱を放散させ、体温を下げるのです。
大量の汗をかき、失われた水分を補給できずにいると脱水がおこります。
発汗により体重が1%減少すると、ほぼ0.3℃の体温上昇がおこります。2%減少で血液量は約10%減り、一般的な人では持久能力が5~10%落ちます。
3%減少では、運動機能の維持だけでなく体温調整能力が低下するなど、体は正常に機能しなくなります。
【水分損失率(対水分)と現れる脱水症状の関係】
1% | 大量の汗、のどの渇き、0.3℃の体温上昇がおきる |
2% | 強い乾き、めまい、吐気、ぼんやりする、重苦しい、食欲減退、血液濃縮、尿量減少、血液濃度上昇、血液量が約10%減る、持久能力が5~10%落ちる |
3% | 汗が出なくなる(体温調整能力の低下) |
4% | 全身脱力感、動きの鈍り、感情鈍麻、吐き気、感情の不安定(精神不安定)、無関心 |
6% | 手足のふるえ、ふらつき、体温上昇 |
8% | 幻覚・呼吸困難、めまい、精神錯乱 |
10~12% | 筋麻痺、湿疹、循環器不全、腎機能不全 |
20% | 生命の危機、死亡 |
脱水症は小児の場合で5%ほど不足するとおこり、成人では2~4%不足すると顕著な症状が現れ始めます。
のどの渇きを覚えたら「かくれ脱水」。すでに脱水がおきていると考えましょう。水分を摂っているのに尿意がないのも軽い脱水のサインです。
体がだるい、食欲がないのも疑ってみる必要があります。トイレに行くのが嫌だからと水分を控えるのは絶対にやめましょう。
参考:「基礎栄養学」国立研究開発法人 医薬基盤・健康・栄養研究所監修、南江堂
「登山の運動生理学とトレーニング学」山本正嘉著、東京新聞
登山で脱水症を予防する方法
山では救助を要請しても医療機関に行くまで時間がかかり、その間に症状が悪化することが十分考えられます。だから予防が何よりも大切。
登山の脱水症予防には、主に「起床時」と「登山中」の2つのポイントがあります。
朝起きたとき、最初に出る尿は寝ているときにたまったものです。寝ているときは一切水分を摂りませんから、起きたときは軽い脱水症状に陥っているといえるのです。
朝食を摂るなどした後の2回目の尿が、全身に水分が行き渡ったサイン。2度目のトイレを済ませてから出発するといいでしょう。
登山開始前には500ml程度の水分を補給し、登山中は30分おき200~250ml程度の水分を摂るのがベストです。
登山中は頻繁に水分補給できないこともありますが、欲したときに飲みたい量を飲むのでは遅すぎます。「のどが渇く前に飲む」と覚えておきましょう。
また、一度に大量の水分を摂取しても、体に吸収できる量は限られています。少しずつこまめに補給するのが肝心です。
下山したあとも、水分を摂取することで減った体重の70~80%程度を補うようにしましょう。上昇した体温を下げる効果もあり、疲労の回復が早くなります。
体重の2~3%の水分が失われると、水の補給だけしていると塩分が失われてしまい、筋肉痛を伴う熱けいれん(塩分欠乏症けいれん)をおこします。大量の発汗があったときは、塩分も同時に摂るようにしてください。
※高血圧で日常的に塩分を控えている人は要注意。登山では塩分の喪失が大きく、普段よりも多めの補給をする必要があります。
参考:「登山外来へようこそ」大城和恵、角川新書
水分補給の目安がわかる計算式
山本正嘉著「登山の運動生理学とトレーニング学」では、脱水量を求める式を次のように計算しています。
体重×行動時間×5
体重70㎏の人が6時間の登山をする場合は、70㎏×6時間×5=2100mlが脱水量という計算です。
では、どのくらいの水分を補えばいいのでしょうか。同著による「一般的な登山者」を基準にした式は次の通り。
(体重×行動時間×5)-(10×体重)
体重70㎏の人が6時間の登山をする設定では、(70㎏×6時間×5)-(10×70㎏)=1400mlが水分補給の目安です。
これは、脱水量の約70~80%に相当。多くのスポーツ団体が推奨している基準でもあります。
もちろん、日ごろのトレーニングの有無や体力レベル、山行の運動の強弱、気温や湿度、汗をかきやすい・かきにくいといった体質の違いなども関係してきますから、これで十分ということではありません。
もしも脱水症になってしまったら
脱水は静かに進行していくのが怖いところ。放っておくと熱中症に進行することもあります。
意識がある場合は、糖質、塩分を含んだ水を1ℓ以上飲みます。
塩分が多く糖分が少ない経口補水液の方が、吸収が速やかでおすすめです。携行している場合はそちらを、なければスポーツドリンクで水分補給しましょう。
日差しを避けて、風通しのよい日陰で涼しい場所に移り、横になって安静にします。このとき、ザックなどに足を乗せて高くし、脱水によって少なくなった血液を心臓に集めます。
水をかけてタオルなどであおぎ、気化熱を利用して体温を下げる方法もあります。
意識がもうろうとしているような場合には、ただちに救助を要請しましょう。
参考:「登山やトレッキングでの脱水・熱中症 その予防と対策」かくれ脱水JOURNAL
◆経口補水液は「水1ℓ、塩3g、砂糖40g」の分量で作ることができます。詳しくはこちらをどうぞ。
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