北海道の山には整備された水場はありません。本州のような営業小屋もないので、飲み水を買うこともできません。
登山中に飲料水を確保する唯一の方法は「自分で作る」こと。雪渓の融水や沢の水をくんで、煮沸または浄水器でろ過して作ります。
北海道の山ならではの水場事情と、飲料水の作り方、飲料水作りに必要な道具をお伝えします。
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北海道ならではの水場事情
北海道の山で飲料水を確保しようと思ったら、自分で作るしかありません。雪渓の融水や沢の水をくんで、煮沸または浄水器でろ過して作ります。
一般的に山で水を確保する方法としては、①山小屋で購入する、②自分で運ぶ、③途中の水場で確保する、が考えられます。
北海道の山には、物販したり飲食を提供する営業小屋は数えるほどしかありません。あるのは無人の避難小屋です。飲料水の補給はほぼ不可能と考えたほうがいいでしょう。
日帰り山行なら、自分で麓から運ぶことは可能です。でも、予想外の暑さで持参した水を飲み干してしまったら? 途中の水場で確保するしかありません。
数日にわたる縦走ともなれば、自分で担ぎ上げるのは非現実的ですよね。ルート上のどこかで水を確保できることが、縦走の絶対条件です。
そういう訳で、北海道で登山をするときは水を現地調達する発想が欠かせないのです。
整備された水場はない
北海道の山には整備された水場はありません。
地図上に水場を示すマークがある場所でも、現地に案内看板は設置されていません。だから、一見してどこが水場なのかわからない。そんな環境が普通にあります。
言ってしまえば、水があればどこでも水場。そのなかでも、くみやすい場所、水質がマシな場所、水枯れしない場所などが「水場」として広く認知されているに過ぎません。
雪が残っているうちは雪渓の融水を利用します。それがなくなれば沢や沼、池から取水。そのときどきの状況に合わせて、「よりベター」な方法を自分で探します。登山というよりサバイバル的な発想でしょう。
水場の看板がないのと同様、水場に適していない場所に「飲用してはいけません」と親切に教えてくれる看板も設置されていません。そこが要注意。
大雪山の黒岳石室の近くを流れている赤石川がそうですね。源流が有毒ガスの発生場所付近なので飲用には適していませんが、知らずに取水している登山者がよくいます。
本州の人気のある山の水場は、実によく整備されています。案内看板はもちろん、ひしゃくまで備え付けられているところもあるほど。それが普通だと思って北海道の山に登ると、あまりの違いに驚くことになります。
時期によって水場は変わる
北海道の山の水場は時期によって変わります。
残雪のある時期は雪融け水をふんだんに入手できる場所でも、雪が融けてしまえば水はなくなります。次の水場は沢や沼、池などに変わります。水を求めて数km歩くのは日常茶飯事です。
たとえば日本百名山「トムラウシ山」なら、8月上旬くらいまでは頂上直下の南沼キャンプ指定地の雪渓で取水することができます。
雪渓がある時期はキャンプ場の脇を小川が流れていますが、ここはオーバーユースによるトイレ問題が深刻な山。汚染の心配がある小川は避けて、なるべく雪渓の際まで行って水をくみます。
地図上では少し離れた「南沼」に水場マークがついていますが、ここはキャンプ場より標高が低いので、登山者の排泄物による汚染が心配です。地元登山者は利用しません。
雪渓がなくなれば、南沼キャンプ指定地から北に10分ほど移動した沼で取水します。こちらがその沼。8月上旬に撮影した写真には、まだ雪渓が残っていました。水も豊富にありますね。
次は9月中旬に撮影した写真です。水は枯れています。とても飲む気になれません。
この時点で、残された水場はコースの途中にある沢か、より遠くの沼だけになりました。トムラウシ温泉から登るならコマドリ沢、オプタテシケ山から来るなら双子池周辺、ヒサゴ沼方面から来るなら北沼です。
どこで水を確保するにしても、トムラウシ山までかなりの距離を背負うので、体力を消耗することになります。体力に自信がないなら、水の確保が難しくなる時期は避けたほうがいい、という結論になりますね。
水場の状況は日々変化します。例年より雪が少ないとき、暑い日が多いときは、雪渓が消える時期が早まります。大雨のあとは沢の水が濁り、水質が大幅に悪くなることもあるでしょう。
水場の有無は山行の時期やルートを決定づけます。とくに縦走やテント泊は、ルート上に水場がなければ山行自体が成り立ちません。山行を計画するときは、水場の最新情報をしっかり調査しましょう。
安全な飲み水の作り方
取水した水はそのまま飲むことができません。必ず煮沸、もしくはろ過します。
一見きれいに見えても、山の水は登山者のし尿や野生動物のふん、死骸などで汚染されています。加えて、北海道の山ではキタキツネが媒介する寄生虫によるエキノコックス症感染の心配があります。
エキノコックス症は、寄生虫の卵が口から体内に入ることで感染します。人の体内で幼虫になり、おもに肝臓に寄生して深刻な肝機能障害を引き起こす病気です。
潜伏機関は5~15年。重症化するまで自覚症状がありません。発症すると外科手術で取り除く以外に有効な治療法はなく、放置すると重度の肝機能不全になり90%以上が死亡します。
北海道では日常生活レベルで警戒しているエキノコックス症。キタキツネの住処に足を踏み入れる登山では、より一層の注意が必要です。
厚生労働省では、エキノコックス症を予防するために、下記の注意事項をあげています。
- 感染源となるキツネやイヌなどの保虫宿主に接触しない
- 野山に出かけた後は手をよく洗う
- キツネを人家に近づけないよう、生ゴミ等を放置せず、エサを与えたりしない
- 虫卵に汚染されている可能性のある飲食物の摂取を避ける
- 沢や川の生水は煮沸してから飲むようにする
- 山菜や野菜、果物等もよく洗ってから食べる
- 犬も感染した野ネズミを食べて感染するため、放し飼いをしない
厚生労働省「エキノコックス症について」より抜粋
山で調達した水は必ず煮沸・ろ過してから飲む。これが北海道の山の常識です。
水を煮沸する方法
エキノコックスの卵は熱に弱く、60~80℃では5分、100℃では1分以内に死滅します。
標高が高くなれば水の沸点は100℃より低くなりますから、水を煮沸するときはグラグラ沸騰してから5分以上と覚えておくといいでしょう。
水を煮沸して飲料水を作るために必要な道具は、コッヘル、ストーブ、ガス、熱湯を入れることができる容器の4つです。
わたしが使っているコッヘルはモンベルのアルミ製クッカー。重さは219g。中にガスカートリッジと小型ストーブを収納する前提で選びました。
ストーブはEPIガスのQUOストーブです。「手のひらに収まる」というメーカーのうたい文句の通り、おもちゃみたいに小さなサイズです。重さはたったの98g。
夏の間、ガスはEPIの230レギュラーカートリッジを使っています。重さは376g。モンベルのクッカーの中にスッポリ入るんですよね。シンデレラフィットです。
熱湯を入れる容器は2ℓのプラティパスをつかっています。耐熱温度は90℃なので、お湯を入れても大丈夫。最大容量は2.5ℓ、重量は36gです。使わないときはクルクルっと丸めて収納します。取水用、飲料水用の2つあると便利ですね。
クッカーのなかにガスカートリッジとストーブを収納すれば、驚くほどコンパクトにまとまります。これら4点セットのケースを除いた総重量は729gです。
葉っぱや虫などの不純物が気になるなら、コーヒーフィルターを使ってろ過するといいでしょう。時間がかかるので、余裕のあるときに限りますが。わたしはお玉ですくい取っておしまいです。
水をろ過する方法
浄水器で水をろ過する方法もあります。
飛行機で北海道を訪れる場合、機内に燃料(ガスカートリッジなど)を持ち込むことができません。山に入る前に燃料を調達できない場合は、浄水器を選択するといいでしょう。
装備をとことん軽量化したい場合も、浄水器に軍配があがります。必要な道具は浄水器と飲料水を入れる容器だけですから。デメリットは雑味が残ること。
エキノコックスの卵は0.03mm(30ミクロン)です。ほとんどの浄水器はこの大きさのものをろ過できますが、念のために確認を。
浄水器はろ過スピード、フィルターの寿命、つるして落下させるタイプやストロー式といった形状の違いなど、さまざまな製品があります。価格は性能の違いに比例していますね。
有名なところでは、世界最高水準の除去率で知られるSAWYER(ソーヤー)製の浄水器「 Sawyer Mini SP128」。防災用品としての評価も高いです。価格がお手頃なのも魅力です。
0.1ミクロンの穴でろ過するので、エキノコックス対策OK。ペットボトルや専用パウチにフィルターを接続することで、浄水しながら直接飲むことができます。フィルターの重さは55gと軽量かつコンパクト。大量の水を処理するのには向きませんが、個人装備には十分です。おすすめです。
煮沸なら低体温症対策もできる
お伝えしたように、北海道の山には整備された水場はありません。決められた場所はなく、案内看板もありません。どこで水をくむかは個人の判断に委ねられます。
主に雪渓の融水を利用しますが、雪が融けたら沢や沼から取水します。時期によって変わるので、水場の最新情報を確認することが重要になってきます。
取水した水はそのまま飲むことができません。必ず、煮沸するか浄水器でろ過してから飲用します。
どちらの方法でも構いませんが、わたし自身は煮沸派です。低体温症対策ために常にストーブとガス、コッヘルを持ち歩いているので、それを使えばいいだけだからです。
北海道では夏山シーズンでも低体温症のリスクがあります。2009年7月にトムラウシ山で登山者8名が低体温症で死亡した事故がありましたね。記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。
低体温症の予防と処置には加温が欠かせません。それにはお湯を沸かすためのストーブとガス、コッヘル、プラティパスが必要になります。この4つは、北海道の夏山の基本装備といっていいでしょう。
浄水器と比べたら重くはなりますが、命に直結することなので、軽量化を図るよりもはるかに重要。そう思っています。
参考:『犬のエキノコックス症対策ガイドライン 2004― 人のエキノコックス症予防のために ―』厚生労働省
北海道ではエキノコックス症は日常レベルで警戒しています。
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